夏乃珈琲

2 0 1 7 年 0 8 月 0 7 日

高校の頃に、いつも通学で使っていた駅の線路の脇に、いつまでも落ちていたアイスの棒とか、梅干しの種とか、そういうものばかり、変に記憶に残っていたりする。今でも帰省をする度に、電車を待ちながらホームの下を覗き込んでは、彼らの安否を確認してしまう。中途半端な地方都市とは、そういう所なのだと思う。


その日はいつになく暑くて、地下鉄のホームから電車が来る度に熱風が吹き上がっていた。その熱風を背に受けながら、改札を出たところの自動販売機で170円のアイスを買った。


平日午後の東銀座は、退勤したサラリーマンにもすれ違う時間帯ではあったけど、それほど混み合った様子もなく、どちらかといえばとても空いていた方だと思う。


地上に出ると更に暑そうだったので、改札からそのまま地下のコンコースを歩いた。ワイシャツにスラックスで、通勤カバンを片手にアイスを食べながら歩く自分は、我ながらまだまだ子供だなと思ったし、いつまで子供でいられるかなと思った。


外で食べるアイスは、アイスの棒が残るタイプのやつではなくて、いつもコーンまで食べきれるタイプのやつだ。ゴミが残るのが嫌なのだ。それに、いつまでもゴミを捨てられる場所に立ち止まってアイスを食べるのも嫌なのだ。


食べ終えた時には、口から胃までの内臓がひんやり冷たくなったけど、四肢は変わらず汗ばんでいた。このスラックスも、あとワイシャツも、早くまたクリーニングに出さなくてはと思った。


階段を上がると、薄暗いけどまだ明るい、夕方の空が広がっていた。早く用事を済ませて、家に帰ろうと思った。


お店に着くと、奥の部屋へ通された。ハイブランドを思わせる整った部屋で、クラシカルな雰囲気があった。天井が高かったことと、ソファの前に大きな鏡があったせいか、おそらく5畳ほどの部屋だったと思うが、それ以上に広く感じた。自分はその部屋で待たされた。このお店に来るのは2回目であった。


しばらくすると、女性が扉を開けて入ってきて、コーヒーと紅茶どちらがいいかと聞いてきた。コーヒーを頼んだ。次にアイスとホットどちらがいいかと聞いてきたので、ホットを頼んだ。部屋がとてもよくクーラーが効いていたのもあるけど、なんだか落ち着かない気分だったことの方が大きい。緊張していた。


またしばらく経って、さっきと別の女性が入ってきた。この女性は知っている。田邊さんという人だ。彼女が持ってきたのは大きなダイヤがあしらわれた、プラチナの指輪だった。大きなダイヤというのは、主観であって、世間様から見たらそれほどではないのかもしれないが、僕にはとても大きく見えた。大きなダイヤの左右に、更に3つずつ小さなダイヤが添えられていたから、ことさらに大きく見えたのかもしれない。


とても丁寧に上品な口調で、支払い手続きについて説明され、書類を書いた。プラチナはレアメタルだったなあなんて思った。大学入試の地理の問いに「レアメタルは希少金属という意味だが、この『希少』が意味するところを二つ書け」というのがあって、埋蔵量が少ないことは書けたけど、もう一つが書けなくて悔しかった事などを思い出した。


手続きが終わって指輪を受け取り、建物の出口まで見送られて帰路についた。乗り換えが面倒だったので、有楽町まで歩いて、JRで帰ることにした。青い夜空に東京の夜の明かりが染み込んでいた。思えば、なんだか初めてのお使いのようだなと笑えてきた。


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